ニューヨーク連邦準備銀行総裁Williams :生産性の成長が実質金利および金融政策決定への課題にもたらす影響
説明:これは2026年5月28日、ニューヨーク連邦準備銀行総裁John C. Williamsがアイスランド・レイキャビク経済会議で行った講演です。原題は「生産性成長とリアルタイム政策決定の課題」(Productivity Growth and the Challenge of Real-Time Policymaking)。
私はAI革命が生産性、そして自然利子率に与える影響に強く注目しています。拙著『自然利子率トラップを超えて』で詳しく論じた通り、生産性向上は自然利子率を高め、実質金利も上昇し、金融政策が変化し、経済社会全体に深遠な影響を与えます。しかし私は経済学的ロジックからこの結論を導きました。WilliamsはここでDSGEモデルを使って一部シミュレーションを行っています。以前に紹介したFRB、ニューヨーク連邦準備銀行スタッフの記事の中でも、AI投資が生産性を高める問題が何度も言及されています。たとえば1、2、3、4、5などをご参照ください。
FRBの新議長Kevin WarshらもAIによる生産性向上に非常に注目しています。本日朝発表されたFOMC声明には「生産性の成長と設備投資が力強い(Productivity growth and capital investment are strong)」という、これまでには無かった一文が記載されています。
ちなみに、本日の声明は短いですが、その意味は深く、FRBの姿勢に本質的な転換があったことを示しています。これらを理解するためにも、ぜひ私の著書を読んでみてください。この声明の一文一文に深い意味が込められていますが、私は本日多忙のため、明日改めて解説します。
はじめに
本日発言の機会をいただき、ありがとうございます。今回は、私たち経済政策立案者が直面する最も根源的な課題の一つ、すなわち構造的な経済変革が生じる際にそれをいかに理解するかについてお話ししたいと思います。
このような課題をもたらす構造的変化には、多くの種類があり、有名な「スター変数」——すなわち自然失業率や自然利子率——の変動も含まれます。しかし、本日は生産性成長のトレンド成長率(trend rate of productivity growth)の変化に焦点を当てます。このトピックを、シンプルな2部構成の問いに要約します。経済は生産性成長率(the rate of productivity growth)の変化にどう応えるのか?また、それは金融政策に何をもたらすのか?一見、答えが明確であるべき基礎的な問いですが、深く掘り下げるほど複雑さが増します。
この問題は今、特に時宜にかなっています。というのも、AIとその生産性ブームを引き起こす潜在力が強い注目を浴びているからです。もっとも、私たちはこれまでにも生産性成長のアップダウンを経験してきました。幸いにも、歴史は我々に重要な教訓を残しています。
1970年代を思い返すと、米国は戦後25年間の顕著な成長を経た後、明白な生産性低下を経験しました。その後、1990年代半ばに加速し、21世紀半ばに再び反転しました。
こうした出来事は、決して些細な統計的現象ではなく、マクロ経済の様相を根本から変化させました。1970年代の生産性低下はスタグフレーションを助長し、1990年代後半から21世紀初めの生産性ブームは、低インフレの好景気をもたらす要因の一つでした。その後の生産性鈍化は高インフレを伴わなかったものの、自然利子率¹を大きく引き下げました。もちろん、こうした時代には他にも多くの要因が作用しており、生産性成長の効果について単独で断定するのは容易ではありません。(訳者注:生産性は自然利子率を決定する決定的要因です。拙著での議論を参照)
ここではAIの潜在力について推測はせず、一歩下がって、歴史の教訓という視点から生産性成長率の変化が経済に与える重要なインパクトを見ていきたいと思います。少しだけ先に述べると、「生産性成長トレンドの転換が経済と金融政策にどう作用するのか」という問いへの私の答えは、予想通り「ケースバイケース」です。具体的には、その変化の性質と予想される持続期間によります。
最後にFRB恒例のディスクレーマーをここで強調しておきます。本日述べる見解はあくまでも私個人のものであり、連邦公開市場委員会(FOMC)やFRBシステム内の他のメンバーの意見を代表するものではありません。
識別の困難
この問題に答えようとする際、「識別の難題」と呼ばれる現象を指摘したいと思います。これは、生産性成長のトレンド転換は事後的には明白でも、リアルタイムではデータの通常の変動と区別するのに数年かかることが多いという意味です。この生産性成長転換の認知の進み方が、経済の対応方法に大きな影響を及ぼします。
もちろんこうした状況では、予測者や政策担当者の見解や視点はさまざまです。ただ、ここでの要点は、全体としての認知がいかに変化するか、そしてその変化がどのように経済行動に波及するかです。
米国の生産性成長データを見ると、高頻度の変動が支配的です。対前年比の生産性成長率は-2%から7%の間で振れる一方、長期平均は2%強に過ぎません(図1)。さらに複雑なのは、生産性データは定期的に改定され、しかもその幅が大きく、根本的な転換をリアルタイムで識別する能力をさらに阻害します²。
図1 米国の生産性成長率
こうした変動の背後には、生産性成長の低頻度の動きが隠れています(図2)。この観点から見ると、高成長の時期は特に際立っています——戦後から1970年代初頭、および1990年代半ばから21世紀半ばのインターネット繁栄期。この2つのフェーズでは、生産性成長は平均3%程度に達し、それ以外は約1.5%の緩やかな成長となっています。この低成長と高成長の長期的な交代パターンは、正式な統計分析で裏付けられています³。
図2 米国生産性成長の基礎的トレンド(10年平均)
生産性成長データにはノイズが多いため、トレンド転換をリアルタイムで把握するのが困難です。生産性が急上昇したり鈍化したりした場合、これは一時的な現象なのか、それとも経済の潜在力に根本的な変化が起きた証なのか?
歴史的記録は、予測者がまさにこの問題に苦慮し続けてきたことを示しています。1970年代、米国経済諮問委員会の生産性成長トレンドの推定値は、10年のほとんどで徐々に下方修正され、最終的に大きく引き下げられたのは1979年でした——低下が始まって何年も経ってからです(図3)。このパターンは、1990年代半ばおよび21世紀半ばの2度の変化時にも繰り返され、専門予測者は変化の数年後にようやく完全に認識しました。
図3 米国生産性成長トレンドのリアルタイム推計
生産性成長トレンド転換の認知の進み方は、想像力の欠如によるものではなく、データの潜在的な特性に一致しています。例えば、データにカルマンフィルター(時系列から信号とノイズを分離する標準的な手法)を適用すると、リアルタイム推計値も徐々に変化します(図3)。推定されたカルマンゲインに注目してください——これは新しい情報にもとづいてトレンド推計を更新する度合いを示し、長期予測の修正では比較的慎重な姿勢を取っていることを意味します。
このシンプルなモデルによる推計値は、予測者の判断と非常に一致しています。このモデル推計値と経済諮問委員会(Council of Economic Advisers)1970年代の予測値や、過去35年の専門家による調査データを比較すれば、その関連性がわかります。これは、予測者がモデルを字義通り使って他の情報を無視しているという意味ではなく、生産性データの単純なフィルタリングだけで、生産性トレンド判断の多くが説明できることを示しています。
最後に強調すべきは、このモデルの推計とエキスパートの意見の一致は、単なるカーブフィッティングではないということです。むしろ、簡素かつ体系的な枠組みで、予測者がリアルタイムで生産性情報をどのように扱うかを的確に描いている証拠です。事実、このモデルは20年以上前に開発されており、その後の推計値と調査との相関は真にサンプル外検証だと言えます。
段階的な認知のマクロ的影響
生産性成長トレンド転換の段階的な認知は、マクロ経済に深い影響を及ぼします。標準的なマクロ経済理論では、転換が即座に認識されると仮定すると、一見逆説的な結果を予測します。すなわち、生産性成長トレンドの向上は実質金利を引き上げ、経済を下押しし、労働時間、投資、生産がともに減少します⁴。John Campbell (1994)の言葉を借りると、この「逆方向」結果⁵は、強いウェルス効果と予想される高実質金利が結びつき、家計が消費と余暇をさらに享受する移行期に作用するからです。しかし、これらの予測は現実の経験とは逆です——現実には生産性大幅成長期には、景気と投資の強さが見られることが多いのです。(訳者注:生産性成長率上昇で実質金利が上がり経済が抑制されるとの見解は誤りです。拙著で詳述していますが、生産性成長率上昇は自然利子率——つまり資本の限界収益率を高めます。実質金利は自然利子率により決まり当然後を追います。これが現実です。Williamsの説明は正しいです)
ニューヨーク連邦準備銀行の動学的確率的一般均衡(DSGE)モデル⁶を使って経済全体の生産性成長の向上をシミュレーションすると、生産性ブーム初期では実質消費成長と実質金利がジャンプし、労働時間は一時的に減少、投資も急激に落ち込みます(図4)。このシミュレーションでは、賃金と物価の柔軟性を仮定しています。約2年後、過渡的なダイナミクスはほぼ完了し、経済はより高い成長と高い実質金利の長期均衡成長パスへと移行します⁷。
段階的な認知を導入すると、これらの予測は大きく変わります。生産性成長トレンドが加速しても、経済主体がそれに段階的に気づく場合、最初は生産性の上昇を一過性のショックとみなしがちです。そのため、持続的な高生産性成長による投資抑制のウェルス効果・金利効果は弱まり遅延します(図5)。実線が推計カルマンゲインによる結果であり、その他の線はさらに速い認知速度の場合です。
図5 生産性成長トレンドが段階的に認識された場合のモデルシミュレーション
実証データと一致する段階的認知の下では、生産性加速は消費・投資のより急速な成長をもたらします。実質金利上昇は将来の生産性成長への信認が段階的に上がることで遅れます。労働時間の初期落ち込みも即時認識パターンより小さくなります。時の経過とともに、経済は最終的に同じ均衡成長パスへと移行します。認知速度がより速い場合、実質金利の上昇はすぐ現れ、雇用と投資の回復は後ずれします。
生産性加速の性質
ここで示した世界では、経済はまるで天の恵みのように突然より速い生産性成長の恩恵を受ける格好ですが、これはあくまで説明用の一例です。生産性の変化は、経済的な波及のタイミングや大きさに差異をもたらし得ます。
たとえば、生産性の向上が新たな設備投資により表れることが多く、情報技術は典型例です。ここでも、基本的なストーリーは同じです。特に、即時認識の場合は依然として投資の負のリアクションが伴います。段階的認知を加えることで、経済の反応はより実体験に近くなります。もうひとつのポイントは、このような場合には大規模かつ持続的な投資ブームが生じ、実質金利の上昇も非設備型生産性改善のケースより早く現れることです⁸。
賃金・価格の調整
成長への影響以外に、生産性の加速は企業のコスト低減をもたらし、賃金・物価が完全に調整される前にインフレへ下向きの圧力を与えます⁹。賃金や物価に粘着性があると、デフレ圧力はより持続します(図6)。この影響の大きさ・期間は、生産性成長の転換を企業や家計が認識する速度に依存し、認知が早ければ効果は小さく・期間は短くなります。実際、即時認識の場合(未表示)、インフレ率への抑制効果は0.1ポイント未満とごくわずかです。加えて、実質金利は生産性成長転換の開始と同時に即座に上昇します。
図6 生産性成長トレンドが段階的に認識された場合のモデルシミュレーション
強調したいのは、実体経済活動・インフレ・金利の変化の大きさやタイミングは、具体的なモデルにより差異があり得るという点です。特に実質金利の適切な反応は、過渡期における需給の相対的変化——これは先述の各要因やモデル・ダイナミクスに影響されます——によって決まります¹⁰。
堅牢な政策
最後に、堅牢な政策について述べます。これは昨年のレイキャビク会議で私が議論したテーマにも関連します¹¹。歴史と、それを踏まえた経済理論・実証からの教訓は、生産性成長トレンド転換のマクロ的インパクトは、その性質や予想される持続期間によって異なることを教えています。個々の歴史的事例は独自のものですが、そこには規則性もあります。
第一に、構造的変化をリアルタイムで認知することは極めて困難であり、将来成長への期待は潜在的な生産性成長の変化に合わせて段階的に調整される傾向があります。したがって、転換発生後の初期段階においては、経済の挙動は生産性成長の恒久的な上昇というよりは一時的上昇のように振る舞う可能性が高いです。
第二に、生産性成長トレンドの向上は、長期的には実質金利を押し上げることになります。ただし、実質金利のパスは三つの要素——家計・企業の認知スピード、トレンド変化の性質およびそれが過渡期需給に示す示唆、そして賃金・物価の調整速度——により大きく左右されます。
第三に、こうした生産性のトレンド変化は比較的まれで、本質的に高い不確実性を伴います。したがって、いかなる推計値も信頼区間は広くなります。構造的変化のあらゆる類型と同様、堅牢な政策アプローチはコスト・ベネフィットの観点から特に有利です。
ご清聴ありがとうございました。今後の議論を楽しみにしております。
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